本記事では、2001年から2010年の期間圧倒的に、日本球界、マスコミ、家庭を盛り上げていたスーパー野球選手をピックアップしました。
(あくまで個人的な主観)
個人成績ももちろんですが、記録だけではなくスター性や存在感などの観点からも加味しながらピックアップしました。
福留 孝介
現在阪神タイガースで活躍中
当時は中日ドラゴンズで主力として活躍しておりました。
走攻守共にハイレベルであり、あの松井秀樹の三冠王を阻止した話は有名です。
またワールドカップベースボールではホームランを放ち日本の優勝に大きく貢献をしました。
中日ドラゴンズ時代も、落合政権の変えの効かない存在としてリーグ優勝に躍動しました。
青木宣親
現在ヤクルト所属の頼れるベテラン
メジャーに行く前もヤクルトスワローズに所属しており、主に1番と3番でヤクルト打線の要として活躍していました。
安打製造機として3割台をとにかく連発し、相手投手からしてとにかく嫌な存在でした。
ホームラン数も入団当初は少なくありましたが、徐々に長打率を伸ばし本塁打数も20本を達成するなど、力を伸ばし続けました。
斉藤和巳
ソフトバンクに在籍していたレジェンドエース
最速153キロの速球を主体にと多彩な変化球、特に伝家の宝刀フォークボールを駆使して活躍していました。
2006年シーズンは投手6冠王を総ナメするなどとにかく無双状態。
本人はチームファーストに考え、じしの勝ち星よりもチームが勝つ事をとにかく考える頼りがいのある大黒柱でした。
岩瀬仁紀
中日ドラゴンズの超絶ベテランリリーフ。
伝家の宝刀スライダーを駆使し、セーブの山を築き今では日本記録を樹立するなどとにかくレジェンド。
若き頃はまず打たれることがなく、ファンとしても岩瀬がでる8回まで勝っていれば、その日の試合はいけると考えてしまうほどの絶大なる安定感がありました。
この誰も追い越せない記録を作った岩瀬さん、実はかなり謙虚な性格であり、とても好感も持てる人柄です。
将来もコーチとして中日ドラゴンズに携わっていただけることをファンとしても願っています。
城島 健司
元ソフトバンク・阪神に在籍していた捕手。
守備の要であり、和製大砲の二刀流。
巨人・阿部慎之助をピックアップせずに城島を紹介していただく理由として、メジャーの経験がある点も加味し今回は城島選手について記載させていただきます。
日本から捕手としてメジャーに渡ったのもこの城島選手未だ1人。
捕手ながら、強肩、3割、30本と日本球界では敵なしの状態。
メジャーマリナーズに移籍してもその実力は発揮され、勝利に多く貢献していました。
現在は引退されて、趣味の魚釣りに没頭しているとかだそうです。
まとめ
「この選手は好きだった」
「こいつがいなければ勝てたのに。。。」
5選手の名前を見て、懐かしみがある方、悔しさを思い出させる方、様々にいらっしゃると思います。
プロ野球は私たちの心を熱く、豊かにするスポーツですね。
今後も多くの伝説的な未来の野球選手の誕生に期待です。